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報告・レポート

平成28年度通常総会 記念講演

訪日外国人市場15兆円時代 ~私たちが今すべきこと~

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 専務理事
/株式会社USPジャパン 代表取締役社長
新津 研一 氏

訪日観光について

統計を見ると、2015年の訪日外国人旅行消費額は3.5兆円ほどと推定されており、その中の1.5兆円をショッピングが占めている。以前はショッピングに使うのは3割だったが、今は半分くらいになっている。
 今後、この旅行消費額は15兆円になると試算しているが、その場合ショッピングの消費額は7.5兆円になる。今の5倍、6兆円ほど伸びるという、非常に景気が良い話である。
 一方、ニュースなどで取り上げられている内容の、控えめに言って半分くらいは、嘘っぽい話である。実際の市場の動向との違いをお話したい。

成長市場を狙う世界と日本

 訪日観光に関する懸念の一つとして、2020年以降もこの勢いが続くのか、というものがある。安心してほしい。問題なく続くはずである。
 そもそも、日本に限った話ではなく世界中で海外旅行をする人が増え続けている。発展途上国が経済成長するとともに、旅行や出張が増加しており、年率3%ほどの勢いである。訪日ブームが起きているわけではなく、世界中で海外に行く人が増え続けている。
 そのような状況なのだが、日本に来る人が増えたのはここ2,3年の話である。日本は2003年からようやく観光業育成への対策を始めたが、リーマンショックや震災などがあり、しばらく横ばいが続いた。しかし2013年から訪日外国人の数は急激に増加している。
 増え始めたその理由は主に3つある。
 1つ目、もっとも重要だったのは、訪日ビザ取得要件の緩和である。日本は以前、積極的にはビザを発行しておらず、鎖国状態に近かった。たとえて言えば2012年までは、中国人は銀行に5000万円以上の資産がある年収2000万円以上の上級国家公務員しか日本には来ることができなかった。今は年収300万円程度のOLでも入国できる。というようなイメージだ。中国に限らず、タイやマレーシアに対しても似たような要件だった。韓国には旅行に行けても、日本に来られない外国人が非常に多かった。
 2つ目は円安である。3割程度円が安くなり、世界でもっとも安く買い物が出来る国になった。
 3つ目は免税制度改正が行われたこと。小売店が約2万店参入し、30万人の店員が対応できるようになった。
 2013年以前より、韓国や台湾をはじめ世界中で観光客は増えていた。日本は出遅れていたが、ビザの要件緩和により、ようやく訪日くださるようになった。
 この結果、訪日外国人の人数は5割増加し、ショッピングにかける金額も倍増した。以前は宿泊と交通を観光業と呼んでいた。しかし今は37%のシェアしかない。日本に落とす金額のうち、6割がショッピングと飲食で占められている。観光消費の観点から観光立国を捉えれば、ショッピングとグルメを伸ばさないといけない。ショッピング・ツーリズムばかりが注目されているが飲食に関してもインパクトが大きく、まだまだ伸びる余地がある。美味しいものならお金に糸目をつけない人がまだまだたくさんいる。

訪日観光とショッピングツーリズム

 ここまでは日本はすごい、という話だったが、実際にはそうでもない。
 京都は、2年連続で世界で行きたい都市のトップを獲得した。しかし、有識者による評価項目をよく見てみると、ショッピングの魅力度では9位にとどまる。インドネシアやラオス、タイやベトナムより下回っている。
 これまで、京都のPR戦略は、寺社仏閣や桜・紅葉などを前面に押し出していて、ショッピングのPRはほとんどしてこなかった。情報を発信しなくては外国人に知ってもらうことができないし、知らないことはお店が無いのと同じである。
 実は、20年以上前から世界の多くの国で、外国人に向けたショッピングのPRがなされている。シンガポールは22年前に世界に先駆けてPRを始めた。現在では多くのブランドショップが立ち並ぶオーチャードロードだが、当時は高島屋くらいしかブランド品を置く店はなかった。今のオーチャードはキャンペーンで作られた地域といえる。
 現在では、ドバイがショッピング・キャンペーンのトップを走っている。ショッピングモールは30ほどしかないが、1か月のセール期間だけで、日本全体の1年分と同じくらい売り上げている。韓国も日本の倍くらい売っている。日本はかなり売り上げているように報道されているが、この分野では日本はまだまだ後進国である。キャンペーンを始めて2年しか経っておらず、世界で知られていない。
 現在の日本のインバウンド市場の状況として、以前は旅行代理店のみが対応していたが、小売やシステムベンダー・メーカーなど民間企業がどんどん参入している。
 しかし、戦略よりも、施策とキャッシュインが先行した。何もしていないのに売れ始め、それに対して免税対応したり、外国人のスタッフを入れたりという施策が行われた。いま、改めて戦略を立てないといけない時期にきている。
 ここ数年、訪日客が増えるとともにインバウンド対応の必要性が認知され、競争力が上がってきた。しかし、すでに個別戦に入り、訪日客を取り合ってしまっている。今、考えなくてはならないのは、協調してもっと多くの外国人を日本に呼ぶこと。市場が7兆円にまでなれば、国内の事業者同士で激しい競争は必要が無くなる。今はまだ、企業が協力して団体戦を行い、日本にどんどん客を呼ばないといけない状況だ。

インバウンド消費と為替レート

 今年の状況として、インバウンドの売り上げはおそらく前年を割り込むだろう。しかし、心配はいらない。為替レートが要因だからだ。
 ここ数年、人民元と日本円のレートはどんどん円安になっていたため、購入単価が上がり数字を押し上げていた。昨年までは、消費額が前年比200%とか150%とか言っていたが、実際には2~3割はレートの影響だった。外貨ベースでいくと、精々120%程度になる。
 しかし今年に入って円高に振れているので、数字を押し下げることになる。前年割れと言っても、外貨ベースでは伸びている。
 とはいえ、売り上げが下がることは事実である。為替レート通りに客単価が下がると、訪日客を750万人増やさないといけない。
 逆に言うと、客数は着実に伸びている。今のうちに客数を確保しておけば、レートが反転した時には大きな売り上げアップになる。

日本が進むべき方向のヒント

 リアルな数字と報道のギャップで混乱しそうだが、インバウンド消費を考える上で、企業が進むべきヒントをお伝えする。
 インバウンド消費で一番大きな点は、客が変わるということ。
 現在のところ、ほとんどの日本企業のターゲットは、「主婦層」とか「高所得層」などで括っているが、実際には「日本人のうち」という枕詞がついている。その意識がなくても実際にはそうなっている。商品には日本語しか表示していないので、日本語が読めない人はターゲットにならない。
 しかし、日本の人口は減り始めている一方で、他国は増えている。インバウンドに対応しようがしまいが、客が変わっていくのはもはや避けられない。そうなると、他国を含めて対応している店と競合しなくてはいけない。例えば、外国では4言語での表示が当たり前のところもある。
 訪日客対応をやってみようと考えるなら、そんなに難しいことでは無い。普通のマーケティングをやればいいだけだ。
 しかし、まずは「爆買い」という言葉をやめるべきである。流行語大賞にもなった言葉だが、マスコミはともかく販売する側が言ってはいけない。日本人がたくさん買うと「たくさんお買い上げ頂いた」になるが、中国人だと「爆買い」と言って上から目線になる。金づるだと思っているうちは、良いマーケティングなんてできない。真剣に考えれば答えは出る。

訪日客の統計

 インバウンド消費を国籍でセグメント分けしてみると、どの国も消費額が伸びている。中国は客数・単価ともに大きい。韓国は、人数は多いが客単価が少ない。また、客数を人口で割ってみると、中国は99.6%の人が日本には来ていない。台湾や香港など、人口の1/5の人数が日本に来ている計算になる。
 成田から台湾までLCCを利用すると6000円で行ける。韓国や台湾は旅費が安く、年に何度も来られるので、一人あたりの客単価は中国より高いケースが多々ある。中国は非常に客数が多いので、地方や訪日回数などのセグメント分けが必要になってくるだろう。
 中国は注目度が高いが、意外と実態は知られていない。
 中国人の動向としては、訪日数は驚異的に伸びている。しかし、実態をよく見ると、海外旅行をしている中国人のうち、3%しか日本に来ていない。80人いると、2人しか来ない。非常に少数派であるが、そういう印象はないと思う。
 また、日本での買い物単価は16万円ほどだが、ヨーロッパでは80万円、アメリカで40万円である。報道だけ見ていると、8割くらいが日本に来て、日本で一番買い物をしているような印象を受けるが、それは誤解である。
 また、買い物の額を見てみると、昨年日本で売れたもっとも高価なアクセサリーは1億円の指輪だった。しかし、世界に目を向けると46億円の指輪が売れている。世界と日本の差はまだまだ大きい。中国人は、日本でのショッピングにあまり期待はしていない。
 彼らは、買い物に関する情報をWechatという、LineのようなSNSで入手している。今日のベストセラー、というものまで流れている。また、最新の情報がすぐに共有されるため、一年半前にはデパートの階段に座り込んでお弁当を食べるようなマナーの悪い訪日客もいたが、現在ではいなくなっている。
 統計を見てみると、訪日客のうち初来日の人は14%程度。団体ツアーで来て、バスで大挙して乗り付けるような客は実は少数派なのだ。こういう人を狙うのも良いが、多数派ではないことの認識は必要である。

商品施策

 日本で買われている商品を見てみると、「Made in Japan」が売れているわけではない。実際のところ、百貨店で一番売れているのはエルメスの商品。
 訪日客が興味を持っているのは、実は日本人である。日本人を見たくてやってくる。日本人の気質・作品・生活といったものに関心が高い。
 気質としては、「おもてなし」などもそうだが、震災があってもきちんと並ぶ、とか、食事前にみんな「いただきます」と言うなど、日本人にとっては当たり前のことでも、海外の人にとっては興味深いようだ。また、道を訊くと、最初はシャイな感じだが、いざ案内をしてくれると、手を引いて反対側まで連れて行ってくれる。照れ屋なのかおせっかいなのか、よく解らない。
 商品については、日本人みんな商品オタクみたいなもの。ペットボトルにバリがあるなど考えられない。伝統工芸品に限らず、日用品などでも価格や品質など徹底的にこだわる。
 また、生活自体が面白いそうだ。渋谷のスクランブル交差点を見に来たり、池袋から満員電車に乗るツアーがあったりする。電車を見て何が面白いのか、というと、時間通りにきて、ピタッと正確に停まり、行き過ぎたら戻る。あるいは、古民家掃除ツアーなどもあり、日本人の生活自体が面白いようだ。
 時間があれば富士山を見ても良いが、それでは日本人のことはなかなか解らない。商店街を見てもらったり、ショッピングセンターに来てもらったりすれば、接客を通して日本人のことが解る。商品を見てもらえば、日本の文化やこだわり、流行などが解る。一時間で日本のことが大体わかってもらえる。
 つまり、モノではなくショッピングを通して得られる経験、ショッピング・エクスペリエンスを重視している。日本でショッピングする魅力というのは物を手に入れることだけではなく、日本人を体験することに大きな価値がある。ショッピングツーリズムというと、大都市圏の百貨店や家電量販店で、と思いがちだが、体験となると農村でも漁村でもどこでもありうる。

インバウンド消費と言語対応

 インバウンド消費を考えるうえで、必ず話題になるのが言語対応だ。しかし、一口に言語対応と言っても、商品情報、施設や街頭の看板などの表示、接客応対など多岐にわたる。これから取り組むのが商品情報になるかと思う。
 インバウンド消費でショッピングが伸びた理由だが、免税制度改正などもあるが、中国人留学生が個人で輸出をしていたことの影響が大きい。商品をブログなどネット上でアピールして、注文が来たら手数料を取って中国に輸出している。これにより、勝手にPRしてくれたため、日用品や化粧品の消費が伸びた。しかし、留学生でも手の届く品に限られるため、高級品には波及していない。
 ショッピングのポータルサイトを作ったことがある。多言語対応のページがないと、誰も来ないのが現状だ。逆にページがあれば来るケースもある。例えば、銀座に本当に小さい宝飾店がある。ここが、コンクパールというピンクの真珠の商品情報を載せた。銀座にある宝飾店で、多言語でコンクパールの情報を掲載している店はここしかなかった。すると、1か月に10人くらいしかアクセスが無いのに、そのうち3人が来店した。他の店の情報がないため、来店が集中する。情報が提供されていないのである。
 また、ぐるなびグループの事例としては、メニューの情報を多言語対応した。日本全国で900万ほどあったメニューの総数を、2300にまでまとめて翻訳した。例えば、日本語だと「オムレツ」と「ふわふわオムレツ」と「有機卵のふわふわオムレツ」では違うメニューになるため、オムレツの類だけで3000くらいになる。これを「オムレツ」として一つにまとめた。一つ一つやっていくのは大変だが、このくらい割り切っても良いのではないか、と勉強になった。
 商品情報の言語対応として、とりあえず、マイナスをゼロにしないといけない。最低限、商品名、原材料、アレルギー、原産国くらいは出さないといけない。
 ムスリムの方のために、ハラル認証を取らなくては、という話も出るが、最低限その国の言葉で表示されていれば問題ない。彼らは、読むことさえできれば、自分たちで原材料を見て食べるかどうか判断する。けれど日本語だけのものは、ハラル認証を取ってあったとしても、手に取ってもらえない。読める言葉で書いてあるかどうかは最初のハードルになる。
 商品名が書いていないから買われない、というケースも多くある。例えば、ドーナツ屋で、チョコレートリングやストロベリーリングなら見て判るので問題ないが、ミートパイとアップルパイになってくると見ただけでは判断できず買ってもらえない。英語で「Apple」と書くくらいは出来るはずなのに、それをしていない。ひらがなやカタカナはまず読んでもらえない。英語か漢字で書いてあれば買ってもらえる。
 小売店でも似た話がある。池袋に東武百貨店があるが、外には「TOBU Department Store」ではなく「TOBU」としか書かれていない。すると、訪日客は百貨店ではなく、駅だと思ってしまう。
 このような、日本人の「当たり前」に縛られて、マイナスになっている部分をゼロにするところからはじめないといけない。さらにプラスとして魅力をアピールしていくことも必要だ。
 システムベンダーが参入して、QRコードや翻訳などを利用し、かなり安く多言語対応できるようになってきている。

インバウンド消費の影響

 インバウンド消費に取り組んだ企業ではほとんど、ポジティブな結果が出ている。特に地方のメーカーなどに多い。純粋な売上上昇という点はもちろんだが、それ以外にも横の連携が出来るようになってきた、という声が多い。今まではライバルの関係だったところでも、訪日客に売っていこう、となると協力できる。
 さらに、外からの目線により、自分たちが忘れていた良い点を褒めてもらえる。それにより自分たちの誇りや自信を取り戻すことが出来る。

外国人が求める日本のツアー

 国内のツアーのうち、訪日客の評価が最も高いのが、飛騨里山サイクリングという7300円の2時間のツアー。何か大がかりなことをするわけではなく、里山をサイクリングするだけである。
 魅力は、ツアーの途中途中で、地元の人が野良仕事に出て田畑から手を振ったり、収穫に誘ってくれたりすることだ。ゲストはもちろん、地元の人も楽しみにしていて、参加者に柿やコーヒーを振る舞ったりしている。外国人観光客とコミュニケーションを取って、街をほめてもらえると、みんなうれしくなる。
 ツアーの最後に地元のスーパーに寄るが、あの田園で獲れたお米、とか、あのおばあちゃんがとった野菜、などが店に並んでいて、参加者がそれを買っていく。これがショッピング・ツーリズムだと思う。商品自体ではなく、それに付随するストーリーが魅力的なのだ。
 この村のおばあちゃんたちは英語などしゃべれない。身振り手振りだけでお客様を歓迎している。
 お客様を歓迎するのは、第一に笑顔である。その次に、言語対応がくる。笑顔を出すためにも言語対応が出来ると、もっと安心である。